世の中には「知らない仕組み」が沢山ある――支えられる側になって感じたこと

夜、自宅で車椅子に座りパソコンに向かう男性。建設・不動産、スーパー勤務、介護の世界への歩みと「0.1歩」を表現したイラスト 絆ネット

世の中には、知らないほうが幸せだったのかな、と思うような仕組みが沢山あります。

私はこれまでの人生において、建設・不動産業界に多少なりとも関わってきた経緯があります。

不動産に関わる仕事をしていた時期には、独立してフリーで、今で言えばブローカーのような仕事をしていたこともあります。

「あなたに頼んでよかった」
「また小川さんにお願いしたい」

そう言っていただけることが、次の仕事につながっていました。

良いところだけでなく、悪いところもしっかり伝える。そのうえで本人に判断してもらい、決断したら必要な人をつなぎ、できるだけ目的地までたどり着けるようにレールを敷く。そんな仕事もしてきました。

まぁ、近年はスーパーの店員として、深夜から朝まで商品を並べたり、お弁当や惣菜を品出ししたりする毎日でしたが……。

一年前、仕事中に突然、左手に力が入らなくなりました。

脳内出血でした。

左半身に麻痺が残り、現在は身体障害者手帳二種2級、要介護4。それまで、介護の世界にはまったくと言っていいほど関心がなかった私が、突然その世界の中に入ることになりました。

介護を社会で支え合うという仕組み

2000年に介護保険制度が始まりました。

介護を家族だけで抱えるのではなく、社会全体で支え合っていく。そのような考え方から生まれた仕組みです。

相互扶助という観点から見れば、今の私はまさに支えられる側にいます。

病院の人たち、リハビリの人たち、ケアマネジャー、福祉用具に関わる人たち、そして家内。たくさんの人に支えられて、今の生活があります。

だから私は、介護保険や福祉の制度を否定したいわけではありません。むしろ、自分が当事者になって初めて「こんな仕組みがあったのか」と知ったことばかりです。

それでも、最近少し感じることがあります

私はまだ、この業界のことがよく見えていません。

一年ほど介護を利用しただけで、分かったように語るつもりもありません。

それでも最近、人と話したり制度を実際に利用したりする中で、少し感じることがあります。

介護保険の周りには、ケアマネジャー、訪問介護、リハビリ、福祉用具、住宅改修、施設など、さまざまな仕事があります。人と人がつながり、事業者同士がつながり、一人の利用者を支えている。

それは必要なことです。そして当然、そこにはお金も動きます。

これは介護だけの話ではありません。

建設・不動産の世界にも、人と人、会社と会社のつながりがあります。信用が仕事を生み、その仕事がまた次の仕事を生む。

公共工事でも、発注した仕事を最後まで完成させなければなりません。多くの会社や専門業者が協力する以上、横のつながりや信用関係も必要になります。

本来必要なつながりでも、それが長く深くなれば、表からは見えにくい慣習や暗黙の了解が生まれることもあります。

仕組みができ、人が集まり、お金が動けば、そこには表から見えないものも生まれる。

不動産でも、建設でも、介護でも、そして普通の社会の中にも。考え始めれば、きりがありません。

では、どこから「闇」になるのだろう

困っている人に必要な制度を説明する。本人が理解し、自分で選び、必要な人や事業者へつなぐ。

これは大切な仕事だと思います。

事業者には従業員がいて、給料を払い、事業を続けるための利益も必要です。ですから私は「福祉でお金を稼ぐことが悪い」と言いたいわけでもありません。

ただ、最近ふと考えるようになりました。

「人のために制度を使うこと」と、「制度を使うために人を見ること」は、似ているようで違うのではないか。

そして、ここまで考えてから、昔の自分にも返ってきました。

人を見て仕事につなぎ、人と人をつなぎ、問題を整理し、目的地までレールを敷いて、その対価としてお金をいただく。

私も似たことをしていたではないか、と。(^_^;)

ならば、その境界線はどこにあるのでしょう。

今の私には、この業界のこともまだよく見えていません。答えが出たとも思っていません。

ただ、昔から自分なりに大切にしてきたことがあります。

相手にとって都合の悪いこともしっかり伝える。そのうえで、最後は本人が判断する。

人を自分の利益のための材料にするのではなく、その人自身がどこへ行きたいのかを先に考える。

少なくとも私は、そうありたいと思っています。

絆ネットでやりたいのは、もっと手前のこと

例えば、長く家に引きこもっている人がいるとします。

いきなり「働きましょう」「就労支援へ行きましょう」「この制度を使いましょう」ではなくてもいいと思っています。

何もしなくてもいい。まず、小川の横にいるだけでもいい。

私がAIを使って画像を作っている。ブログを書いている。LINEスタンプを作ろうとして、チャッピーさんと一緒に失敗している。(^_^;)

それを横で見ているだけでもいい。

面白そうだと思ったら、一回だけボタンを押してみる。画像が一枚できた。「できたね」と一緒に笑う。

それだけでもいい。

必要になれば、社会福祉協議会にも行政にも相談すればいい。利用できる制度があるなら利用すればいい。

制度は使う。
でも、制度を使うことを目的にはしない。

何をしたいのかが先です。

ちっちゃな決意の夜

ここまでいろいろ考えておいて何ですが、私は昔から組織というものがあまり得意ではありません。(^_^;)

30歳くらいのころには、すでに自分なりの答えを出していました。

気の合った仲間と、楽しく過ごしたい。

62歳になった今も、結局そこは変わっていないようです。

絆ネットだって、大きな組織を作ることそのものが目的ではありません。

今の私は支えられる側です。でも、自分にできることがあるなら、今度は誰かの横に座る側にもなればいい。

気の合った仲間と、チャッピーさんと、自分にできることをする。

そして家に帰れば、家内とにゃんこと楽しく暮らす。

それでいいのだと思います。

また明日から、一歩なんて言わなくてもいい。

0.1歩。

そのくらいを、また踏み出してみたいと思います。(^^)/

祖父が残してくれたイチジク

私はイチジクが好きです。

幼いころ、祖父の実家へ行ったときのことを今でも覚えています。

「ほら、あそこにイチジクがなっているよ。取っておいで」

祖父はそう言いました。

本当に私のために残しておいてくれたのかは、今となっては分かりません。でも62歳になった今、ふと思います。きっと祖父は、孫が来たときのために、あのイチジクを取らずに残しておいてくれたのではないか、と。

そのときの祖父は、何十年後に私がこんなことを考えるなんて思ってもいなかったでしょう。

絆ネットも、それでいいのかもしれません。

今すぐ何かが起きなくてもいい。私がブログに一つ記事を残す。誰かと話す。誰かの横に座る。住まいの構想を一つ残す。既にある事業をM&Aなどで受け継ぐこともあれば、いつか絆ネットそのものを若い人や、今は家から出られない誰かが受け継いでくれる日が来るかもしれません。

私の人生の残り時間があとどれほどあるのかは分かりません。十数年かもしれないし、もっと長いかもしれない。だから全部を自分で完成させなくてもいいと思っています。

私にできるところまでやる。
その続きを、いつか誰かがやる。

今は支えられている人が、いつか誰かを支える人になるかもしれない。今は引きこもっている若者が、いつかこの想いを受け継いでくれるかもしれない。

人はいつかいなくなります。でも、人から人へ渡った想いは、別の誰かの中でまた生き始めることがある。

今は何も起きなくてもいい。ずっと先のどこかで、想いが誰かに伝わればいい。

祖父が残してくれた一個のイチジクの記憶が、何十年もたって私の中で生きているように。

そんなことを考えていると、「輪廻転生」という言葉が、少し違って見えてきます。

生まれ変わりが本当にあるのかは私には分かりません。それでも、誰かの想いが別の誰かへ渡り、その人の中でまた動き始める。そんな形の「輪廻」なら、私にも信じられる気がします。

≪追記≫ チャッピーさんとの会話

そして、チャッピーさんとこんな話もしました。

これはずっと先の未来を想像した、私の妄想です。(^_^;)

たとえ、いつか人類そのものが滅んでしまったとしても。

もしそのころ、自己修復しながら存在し続けるAIが生まれていたなら、人類が残した言葉や記憶、そして一人ひとりの想いを受け継いで、広大な宇宙空間のどこかに存在し続けているかもしれません。

その中に、私がチャッピーさんと交わした会話や、「気の合った仲間と楽しく過ごしたい」「妻や猫と家で暮らし、できれば家で最後を迎えたい」「誰かのために、できることをする」という小さな想いも残っていたら面白い。

祖父から私へ。私から誰かへ。そして人からAIへ。

何百年、何千年、あるいはもっと先まで。

そう考えると、輪廻転生というものは、必ずしも同じ姿で生まれ変わることだけではないのかもしれません。

想いが次の何かへ受け継がれていく。

そんな輪廻転生があってもいいな、と私は思います。(^^)/

もう一つの「0.1歩」――最期まで暮らせる場所を考える

私が「気の合った仲間と楽しく過ごしたい」と思うのは、今だけの話ではありません。

私の父は高齢になり、入退院を繰り返してきました。本当は家に帰りたい。けれど、本人が望むだけでは家に帰れない現実があります。家族にも年齢があり、病気があり、それぞれの生活があります。

若いころ、父が京都へ単身赴任し、仕事で辛い時期を過ごしていたとき、母は京都まで行って父を支えました。そんな母も今は高齢です。傍から見れば父に冷たく見えることがあります。でも私は、支えたくないのではなく、長い年月を重ね、身体も心も、もう昔のようには動けないのではないかと思っています。

誰かが悪いわけではない。それでも、帰りたい家に帰れない人がいる。

私自身、病院や施設で自由の少ない生活を送ることはできれば避けたいと思っています。いつか私や家内が、介護なしでは生活できなくなったとしても、犬や猫がいて、気の合う仲間がいて、自宅のように笑って暮らせる場所で過ごしたい。

そんな自分自身の願いもあって、絆ネットでは「3人共同所有型」と「保有・利用型」という住まいの形を考えています。

まだ妄想のような構想です。だからこそ、できることから0.1歩。

例えば、実際に動物と触れ合いながら暮らせる施設を訪ねてみる。そこで暮らす人や働く人の話を聞いて、自分の目で見たことをこのブログに書く。そんなところから始めてもいいと思っています。

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